えびすの三線ライフ

三線を弾き、唄い、学び、暮らす。還暦を迎えてなお新しい景色を求めながら、八重山民謡の稽古と日々の暮らしを重ねています。小さな積み重ねの中にある喜びや気づきを、ゆっくり綴っていきます。

三線を始めた人から受ける相談で、よくあるものの一つが、

「弦が切れたので、交換してほしい」

というものだ。

もちろん、持ってきてもらえば交換するのだが、その時にはできるだけ、「次からは自分で交換できるようになりましょう」と伝えるようにしている。

三線の弦とウマは消耗品である。

いつ切れるか分からないし、演奏する直前にトラブルが起こることだってある。だから、予備の弦とウマは三線ケースの中に常備しておいた方がいい。そして、弦の交換は三線を弾くうえで身につけておきたい基本的なスキルの一つだと思う。

そもそも弦は、「切れた時だけ交換するもの」ではない。

特に細い女弦は、練習時間が重なってくると、バチが当たる部分が少しずつ摩耗してくる。表面が毛羽立ち、ささくれたようになってくれば、まだ切れていなくても交換時期である。

毎日のように三線を弾いていると、こうした弦の状態にも自然と目が向くようになってくる。

そして、初心者の人には、弦の交換と一緒にもう一つ伝えていることがある。

「弦が切れた」のか、「弦を切った」のかを、自分で分かっておくこと。

この二つは、似ているようでまったく違う。

長く使って摩耗した弦が演奏中に切れたのであれば、それは「弦が切れた」と言っていい。

一方、初心者のうちは調弦(チンダミ)の途中で弦を切ってしまうことがある。

例えば、音程が高くなっているので本来はカラクイを緩めて音を下げなければならないのに、勘違いして反対方向へ回してしまう。

「まだ合わない、まだ合わない」

と音を上げ続ける。

当然、弦の張力はどんどん強くなっていく。そして限界を超えたところで、

プツン。

これは弦が自然に「切れた」のではない。

自分で「切った」のである。

この違いを認識しておくことは意外と大切だ。

「弦が切れたから、新しい弦に交換した」で終わってしまうと、また同じことを繰り返す可能性がある。

なぜ切れたのか。

弦が古くなっていたのか。それとも調弦の方向を間違えたのか。チューナーの表示を正しく読めていなかったのか。

原因を理解すれば、次からは防ぐことができる。

三線を始めたばかりの頃は、弦の交換も難しく感じるし、チンダミにも時間がかかる。

しかし、どちらも何度か経験すれば、少しずつ自分でできるようになってくる。

弦を張り替え、自分でチンダミをして、演奏できる状態まで持っていく。

そこまで含めて「三線を弾く」ということなのだと思う。

だから、弦が切れたら、それも一つの練習の機会。

新しい弦を誰かに張ってもらうだけではなく、自分で交換してみる。そして、もし自分で「切った」のであれば、次は切らないようにチンダミの技術も身につける。

弦の交換のスキルと、調弦のスキル。

三線を長く楽しんでいくために、演奏と一緒に少しずつ身につけておきたい基本技術である。

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