来年の八重山古典民謡コンクール優秀賞に向けて、課題曲7曲を毎日弾いている。
赤馬節、上原ぬ島節、月夜浜節、蔵ぬぱな節、小浜節、古見ぬ浦節、大浦越路節。
一日たりとも途切れさせないという思いで。
今はまだ、工工四通りに正確に弾くこと。声楽譜通りに正確に歌うこと。師匠から教わった音程、節回し、息づかいを身体に染み込ませることを目標にしている。
コンクールで審査してもらうための曲。
正直なところ、そんな意識が強かった。
でも最近、その考え方を少し変えてみようと思っている。
きっかけは、昨年合格した新人賞の課題曲だった。
合格を目指して一生懸命練習した6曲。
毎日のように繰り返し、身体に入れ、本番の舞台で歌った曲だった。
ところが、合格という目標を達成した後、その曲たちは少しずつ日々の練習から離れていった。
もちろん忘れてしまったわけではない。
でも「ちょっと三線を弾きたいな」と思った時に自然と手が伸びる曲、自分の気持ちを乗せて歌える曲、いわゆる持ち歌になったかと言われると、まだそこまで育て切れていなかったように思う。
それは少しもったいないことだった。
コンクールのためだけに覚えた曲ではないはずだった。
八重山の先人たちが大切に歌い継いできた曲との出会いだったはず。
合格は終わりではなく、本当はそこから自分の曲にしていく始まりだったのかもしれない。
だからこそ、今向き合っている優秀賞7曲は少し違う関係を作っていきたい。
課題曲ではなく、好きな曲にしていく。
ふと三線を手に取った時に弾きたくなる曲。
仕事で疲れた夜に、気持ちを整えるために歌いたくなる曲。
嫌なことがあった時に、三線と唄だけの世界に入り込み、気づけば心が軽くなっているような曲。
そんな存在になった時、唄は変わるのではないだろうか。
正確に弾く。
正確に歌う。
それはもちろん大切。
八重山古典民謡は、まず受け継がれてきた型を身体に入れなければならない。
でも、その先にあるもの。
曲の味、感情、空気感。
八重山で言われる「タノール」。
そして三線と声がひとつになる「絃声一体」。
そこへ近づくには、技術だけでは足りないのかもしれない。
歌う本人が、その曲を好きになること。
毎日繰り返している7曲。
苦手な曲もある。
暗譜に苦労している曲もある。
思うように歌えない部分もある。
でも、それぞれの曲には、それぞれの美しさがある。
苦手だから避けるのではなく、向き合い続けることで、ある日その曲の魅力に気づく瞬間が来るかもしれない。
「今日も練習しなければならない」
から、
「今日はあの曲を歌いたい」
へ。
優秀賞への挑戦を通じて、7曲を審査曲ではなく、一生歌える持ち歌に育てていきたい。
そしていつか、新人賞の6曲にももう一度向き合い直したい。
コンクールで出会った曲たちを、自分の人生の中で歌い続ける曲にするために。
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