サークルで練習する課題曲に、新たに3曲を追加した。
「芋(んむ)ぬ時代」
「えんどうの花」
「島々清(かい)しゃ」
どれも沖縄の唄、三線に親しんでいる人なら、一度は耳にしたことがあるような有名な曲だ。
サークルでみんなに弾いてもらう以上、まずは自分がしっかり弾けて、歌えなければならない。
工工四を見ながら何とか弾ける、では指導するには心もとない。曲の流れや歌詞が自分の中に入っていて、みんなの演奏を聴きながら間違いやポイントに気づけるくらいにはしておきたい。
つまり、まず自分が暗譜・暗唱するところから始めなければならない。
「芋ぬ時代」――親への感謝を歌う
「芋ぬ時代」は、浦崎芳子作詞、普久原恒勇作曲。仲本晶盛、浦崎ヤス子、民謡鶯組によって歌われた沖縄民謡だ。
歌われているのは、芋を主食として命をつないだ苦しい時代の記憶である。
朝早くから母親が大きな鍋で芋を炊き、子どもたちに食べさせる。夏の暑い日も、冬の寒い雨の日も、親は子どもたちのために働いた。
そんな時代を振り返りながら、食べ物が十分になかった時代に自分たちの命をつないでくれた親への感謝を歌っている。民謡鶯組の曲紹介でも、戦争の時代を経験し、芋を食べて命をつないだ生活が曲の背景として語られている。
単に旋律と歌詞を覚えるだけではなく、歌われている時代を知ってから歌いたい曲だ。
「えんどうの花」――沖縄を代表する抒情歌
「えんどうの花」は、金城栄治作詞、宮良長包作曲。1924(大正13)年に宮良長包が曲を付けた作品である。
えんどうの花、軒端のつばめ、幼い頃の思い出――。
どこか懐かしく、少し寂しさを感じさせる美しい曲だ。
興味深いのは、この曲がどこを舞台として生まれたのかについて、宮古島、大宜味村塩屋、今帰仁村など諸説があること。沖縄県立図書館の調査でも、作詞時期や舞台について複数の説が紹介されている。
三線民謡とは少し違った抒情的な世界を持つ曲だけに、歌詞の情景を思い浮かべながら丁寧に歌えるようになりたい。
「島々清しゃ」――島々の美しさを歌う
「島々清しゃ」は、久米仁作詞、普久原恒勇作曲。
タイトルの「清しゃ(かいしゃ)」は「美しい」という意味で、その名のとおり島々の美しさをたたえる歌だ。
八重山の島々を俯瞰するような広がりを感じさせる曲でもあり、歌の途中に入る「サーユイヤサー」という囃子も印象的だ。沖縄音楽についてのインタビューでも、この曲について「島の総括」のような曲で、島を俯瞰して見るような視点があると語られている。
サークルでみんなで歌えば、囃子も含めて楽しい一曲になりそうだ。
覚えるものが、どんどん増えていく
さて、問題はここからである。
今年11月には、八重山古典民謡保存会の50周年記念公演がある。
そこに向けて、以前覚えた曲をもう一度引っ張り出して復習しなければならないし、新たに覚えなければならない曲もある。
そして何より、来年のコンクールに向けた八重山古典民謡の稽古がある。
課題曲7曲は、今まさに繰り返し弾き込み、どんな状況でも安定して演奏できるところまで持っていこうとしている最中だ。
その間に、新たに3曲の暗譜・暗唱。
こうして並べてみると、
「ちょっと増やしすぎたかな」
とも思う。
しかし、考えてみれば、これまでだって一曲ずつ覚えてきた。
最初から何曲も弾けたわけではない。
毎日少しずつ工工四を見て、歌詞を口にして、何度も間違えて、それでも繰り返しているうちに、いつの間にか工工四を見なくても指が動き、歌詞が出てくるようになった。
今回も同じだ。
一気に3曲覚えようと考えるから大変に感じる。
一日一日の稽古で少しずつ前へ進めばいい。
昨日より一節多く歌える。
工工四を見ないで弾ける部分が少し増える。
歌詞が自然に口から出てくるようになる。
その積み重ねが、やがて一曲になる。
コンクールの稽古も、記念公演の稽古も、サークルの課題曲も、結局やることは同じ。
自分ならできると信じて、今日もコツコツと。
また新しい3曲が、自分の中に入ってくる過程を楽しみたい。
コメントを残す