えびすの三線ライフ

三線を弾き、唄い、学び、暮らす。還暦を迎えてなお新しい景色を求めながら、八重山民謡の稽古と日々の暮らしを重ねています。小さな積み重ねの中にある喜びや気づきを、ゆっくり綴っていきます。

ふと考えることがある。

もし私が三線に出会わなかったら、今どんな人生を送っていただろう。

もちろん答えは誰にも分からない。
それでも、パラレルワールドを想像してみると、今の自分がどれだけ三線によって形づくられてきたのかが見えてくる。

まず間違いなく、出会うことのなかった人がたくさんいる。

石垣島の師匠にも、教室の仲間にも、各地の三線サークルの仲間にも出会っていない。
沖縄との縁も、今ほど深くはならなかっただろう。

人前で演奏することもなかったはずだ。

昔の私は、人前に立つことが決して得意ではなかった。
ステージに立ち、緊張しながら歌い、演奏し、その経験を積み重ねることで得られたものは、三線の技術だけではない。
度胸や表現する喜びも、一緒に身についた。

毎日の生活も違っていただろう。

朝早く起きて稽古をする習慣もなければ、節酒をここまで続ける理由も弱かったかもしれない。
健康を意識し、自炊を始め、体重を管理し、生活リズムを整える。
その原動力の多くは、「もっと上手くなりたい」という思いだった。

AIとも、ここまで深く付き合うことはなかったと思う。

AIを稽古の伴走者として使い、心理学や学習科学を取り入れながら練習を続ける。
ホームページを作り、ブログを書き、WordPressを学び、AIを活用する技術を身につける。
そんな新しい挑戦も、おそらく始まっていなかった。

もちろん、メリットもある。

三線本体や楽器のメンテナンス、石垣島への渡航費、レッスン代などを考えれば、かなりのお金は残っていただろう。

毎日1〜2時間の練習時間も自由に使えたはずだ。
休日ももっとのんびり過ごしていたかもしれない。

コンクール前に「今日は調子が悪い」と悩むことも、人前で演奏して緊張することもなかっただろう。

でも、その代わりに失っていたものは、お金や時間では買えないものばかりだ。

昨日より少し上達したという喜び。

師匠から一言褒められるうれしさ。

仲間と一緒に音を合わせる楽しさ。

石垣空港に飛行機が着陸する瞬間の高揚感。

そして、60歳を過ぎても「まだ成長できる」と思える毎日。

私は、三線を始めたことで人生が忙しくなった。

時間もお金も使うようになった。

それでも、その何倍もの価値を受け取っていると感じている。

もし三線に出会わなかった人生も、それなりに幸せだったのかもしれない。

しかし今の私は、迷わずこちらの人生を選ぶ。

三線は、楽器ではなく、私の人生そのものを少しずつ変えてくれた存在なのだから。

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