えびすの三線ライフ

三線を弾き、唄い、学び、暮らす。還暦を迎えてなお新しい景色を求めながら、八重山民謡の稽古と日々の暮らしを重ねています。小さな積み重ねの中にある喜びや気づきを、ゆっくり綴っていきます。

朝、私はいつものように保冷バッグにお弁当を入れ、通勤電車に乗った。

満員電車で邪魔にならないように網棚に置いたことまでは覚えている。

ところが職場に着いて気づく。

「あれ、お弁当がない」

頭の中を対応策が駆け巡る。

何より気になったのは、お弁当箱そのものではなかった。

今朝少し早起きして、「今日のお昼が楽しみ」と思いながら作った卵焼きや豚こま紫蘇ボールだった。

この暑さの中で大丈夫だろうか。

保冷剤は入れてあるけれど、傷んでしまわないだろうか。

そんなことばかりが頭に浮かんだ。

慌てて忘れ物センターへ連絡すると、

「まだどこの駅にも届いていません」という回答。

気になりながらしばらく仕事をして、改めて問い合わせると、

「終点の駅で保管しています」

とのこと。

私が仕事をしている間、お弁当箱は一人で旅をしていた。

いつもなら私と途中駅で降りるはずが、その日は終点まで乗車。

そして折り返し運転の電車で、また反対方向へ。

駅員さんに保護されるまで、きっと何度か同じ路線を行ったり来たりしていたのだろう。

車窓から流れる景色を眺め、

乗り降りする人々を見送り、

知らない駅まで行き、

また見慣れた駅を通り過ぎる。

「今日はいつもと違う景色だな」

そんなことを思っていたのかもしれない。

仕事帰り、私は終点まで迎えに行く。

保冷バッグを受け取ると、中のお弁当も保冷剤も、そのままの姿で待っていてくれた。

まるで旅から帰ってきた友人を迎えるような気持ちになった。

「どうだった、電車の旅は?」

もちろん返事はない。

でも、お弁当箱は少しだけ誇らしげに見えた。

いつもは私と一緒に職場へ行き、お昼休みのささやかな楽しみをくれるお弁当箱。

その日は私の代わりに、一人で電車の旅を楽しんできた。

思いがけない忘れ物だったけれど、「旅するお弁当箱」という微笑ましい題名と、お弁当箱を擬人化してみようという想像力は、あの日のお弁当箱が私にくれた素敵なプレゼントだった。

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