えびすの三線ライフ

三線を弾き、唄い、学び、暮らす。還暦を迎えてなお新しい景色を求めながら、八重山民謡の稽古と日々の暮らしを重ねています。小さな積み重ねの中にある喜びや気づきを、ゆっくり綴っていきます。

来年6月の八重山古典民謡コンクール優秀賞に向けて、日々稽古を続けている。

課題曲の暗譜を終え、繰り返し弾き歌ううちに、少しずつ落ち着いて演奏できるようになってきた。まだ間違えることはあるが、以前ほど「次はどうだったか」と迷わずに歌えるようになった。

そんな中で、ふと考えた。

自分は今、コンクール用に曲を仕上げているのか。それとも、自分の持ち歌にしようとしているのか。

【間違えずに歌う、その先へ】

これまでは、音程や節回し、歌詞を間違えず、最後まで止まらずに弾き歌うことを目指してきた。工工四を確かめ、師匠に指摘されたところを直し、何度も繰り返す。

気持ちを込めたつもりでも、音程が外れたり、節回しが曖昧になったりしていては、合格には届かない。まずはきちんと歌えるようになること。そこに時間をかけてきた。

ただ、間違えなかった日は「今日はよかった」と思い、間違えた日は「まだまだだ」と思う。それだけで稽古を終えてしまっていることもある。

間違えずに歌えたとして、その歌は聴く人にどう届いているのだろう。

【歌に情けを込める】

八重山古典民謡でいう「タノール」。歌に込める情けや情感のことだと、自分は受け止めている。

譜面どおりに歌うことに加えて、そこにどれだけ心が入っているか。コンクールでも問われるところだ。

人の歌を聴いていると、思わず聴き入ってしまうことがある。大げさに歌っているわけでもないのに、声や節回しから、何かが伝わってくる。

自分もあんなふうに歌いたい。

けれど、気持ちを込めようと意気込めば、そう歌えるものでもないのだろう。まだ自分の演奏をこなすことで精いっぱいのところがある。

【7曲を、自分の持ち歌に】

時間をかけて覚えてきた7曲だ。コンクールが終わったら歌わなくなるのでは、もったいない。

これからも歌い続ける、自分の持ち歌にしたい。

そのためには、歌詞を覚えるだけでなく、何を歌っているのかをもっと知りたい。どんな景色があり、どんな思いが込められているのか。その言葉を、自分はどんな気持ちで歌うのか。

歌いながら、少しずつ考えていきたい。

もちろん、自分の歌にするからといって、好きに節回しを変えるわけではない。師匠に教わった歌い方を大切にしながら、歌詞の一つひとつが自分の中でしっくりくるまで歌い込む。

そうしているうちに、借りてきたような歌が、少しずつ自分に馴染んでくるのではないかと思う。

【身体に馴染むまで】

今も演奏中は、いろいろなことが頭をよぎる。

次の勘所、歌の入り、ブレスの位置。音程が下がっていないか、下腹の支えはどうか。

一つ気をつけると、別のところが抜ける。歌の情景に思いを向ける余裕は、まだ十分にない。

最近取り組んでいる下腹の支えも、意識すると余分な力が入ってしまう。繰り返すうちに、必要な分だけ使えるようになってほしい。

勘所も節回しもブレスも、身体に馴染むまで稽古する。歌っている最中にあれこれ確認しなくて済むようになれば、歌詞に気持ちを向けられる時間も増えるだろう。

【本番のあとも歌い続けたい】

来年6月、優秀賞に合格したい。その気持ちは変わらない。

でも、合格したあとにも、この7曲が自分の手元に残っていてほしい。人前で歌う機会があれば、自然に選べる曲になっていてほしい。

そのために、これからは録音を聴き返すときも、間違いを探すだけで終わらせないようにしたい。

歌詞がちゃんと届いているか。自分で聴いて、心が動くところがあるか。反対に、ただ音を追っているだけのところはないか。

まずは1曲、歌詞の意味を改めて確かめてから歌い、録音を聴いてみようと思う。

本番には、何度も歌って自分に馴染んだ7曲を携えて立ちたい。そして、コンクールが終わってからも、歌い続けていきたい。

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