8月の月間目標として取り組んでいる、コンクール課題曲7曲をそれぞれ100回以上通す練習。
今のところ順調にノルマを消化できている。
毎日繰り返していると、7曲を通すこと自体にもずいぶん慣れてきた。数をこなすことで見えてくるものは確かにある。
何度も繰り返すからこそ、三線の手が自然に動くようになる。歌詞や旋律が身体に入ってくる。以前なら意識しなければできなかったことが、少しずつ無意識でもできるようになってくる。
そして、同じことを毎日続けているからこそ、その日の声の調子や、ちょっとした音程のズレ、三線と歌の微妙な噛み合わせなどにも気づくようになる。
やはり「数稽古」には意味がある。
ただ、最近少し気になることが出てきた。
「あと何曲できるか」を考えてしまう
100回という数字を目標にすると、どうしても回数が気になる。
「今日はあと何回やろう」
「今月中に100回に届かせるには、このペースで大丈夫か」
「出勤までに、あと何曲通せるか」
そんなことを考えながら弾いている自分がいる。
もともと私は、先のことを考えすぎるところがある。
計画を立てること自体は悪いことではない。むしろ、来年のコンクールを目標に長期的に練習していくには必要なことだと思う。
しかし、演奏している最中まで先のことを考える必要はない。
赤馬節を弾いているのに、その先の上原ぬ島節のことを考えている。
今の一節を歌っているのに、「あと何回できるだろう」と考えている。
身体は目の前の曲を演奏しているのに、意識だけが未来へ行ってしまっている。
これではいけないな、と気づいた。
出勤時間が来れば、そこで終わり
そこで今朝は、少し意識を変えてみた。
今、弾いている曲だけに集中する。
回数については、あまり考えない。
朝の練習時間には限りがある。出勤する時間が来れば、そこで終わりなのだから、それまでに何回できるかを気にしても仕方がない。
それよりも、今弾いている一曲をきちんと演奏する。
三線の音を聴く。
自分の声を聴く。
音程や響き、息の流れを感じる。
一つひとつの音に意識を向ける。
そんな気持ちで練習してみた。
すると、不思議なことに時間が短く感じられた。
「あと何曲」「あと何回」と考えているときよりも、目の前の演奏に集中しているほうが、あっという間に時間が過ぎていく。
しかも、終わってみれば、いつものノルマはちゃんとこなせていた。
回数を気にしなくても、回数は積み上がっていたのである。
技術が上がるほど、メンタルの比重が大きくなる
この経験から、もう一つ感じたことがある。
ある程度まで技術が身についてくると、演奏におけるメンタルの比重が大きくなってくるのではないかということだ。
もちろん、まだまだ技術的な課題はたくさんある。
しかし、ある程度弾ける。歌える。暗譜もできている。
そうなってくると、その力を本番でどれだけ引き出せるかが重要になる。
コンクール本番では、緊張する。
「間違えたらどうしよう」
「次の歌詞は何だったか」
「審査員はどう聴いているだろう」
そんなふうに意識が目の前の演奏から離れた瞬間に、普段ならしないようなミスが出ることもある。
だからこそ、普段の稽古から、
「今、この一音、この一節、この曲に集中する」
という練習をしておく必要があるのだと思う。
100回の先にあるもの
7曲100回という8月の目標は、単に数字を達成するために設定したものではない。
数を重ねることで曲を身体に染み込ませ、演奏を安定させ、そこからさらに一段上へ進むためのものだ。
そう考えると、今ちょうど次の段階に入り始めているのかもしれない。
「何回弾いたか」から、
「その一回を、どれだけ集中して弾いたか」へ。
数をこなすことを否定するのではない。
数をこなしてきたからこそ、次に意識すべきことが見えてきたのだと思う。
技術だけではなく、意識の持ち方もトレーニングする。
先のことは、演奏が終わってから考えればいい。
曲が始まったら、その曲だけを見る。
今、この瞬間の演奏に集中する。
残りの8月は、100回という数字を積み重ねながら、同時にそんな「集中する力」も鍛えていきたい。
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