えびすの三線ライフ

三線を弾き、唄い、学び、暮らす。還暦を迎えてなお新しい景色を求めながら、八重山民謡の稽古と日々の暮らしを重ねています。小さな積み重ねの中にある喜びや気づきを、ゆっくり綴っていきます。

何かを続けようと思ったとき、ルーチンをつくることはとても大切だ。

毎日決まった時間にやる。曜日ごとにやることを決める。最低限これだけはやるという基準をつくる。

いちいち「今日はどうしよう」と考えなくても、決めたことを淡々とこなしていく。習慣になってしまえば、意志の力に頼らなくても続けられるようになる。

だから、ルーチンはできるだけ途切れさせない方がいい。

しかし、生活していれば、どうしても途切れることはある。

体調を崩すこともある。飲み会が入って帰宅が遅くなることもある。長期の出張や旅行で、いつもの環境から離れることもある。

どれだけしっかり計画を立てても、毎日まったく同じように生活できるわけではない。

問題は、そこでどうするかだと思う。

「せっかく毎日続けていたのに、途切れてしまった」

そう考えると、それまで積み上げてきたものまで台無しになったような気持ちになる。

一日休んだ。それが二日になり、三日になり、いつの間にかやらなくなってしまう。

いわゆる三日坊主も、三日しか続かなかったことより、「一度途切れた後に戻れなかった」ことの方が問題なのかもしれない。

そう考えると、ルーチンを続けるために必要なのは、途切れない仕組みだけではない。

途切れたときに戻る仕組みも必要なのだ。

体調が悪ければ、無理をしない。飲み会の日なら、その日は最初から休む。出張中なら、いつものメニューを全部こなそうとせず、できる範囲のことだけやる。

そして、事情がなくなったら、できるだけ早く元のルーチンに戻す。

ここが大事なのだと思う。

「昨日できなかったから、今日は倍やろう」と考える必要もない。遅れを一気に取り戻そうとすると、それ自体が負担になってしまう。

休んだ一日を取り返すのではなく、いつもの一日に戻る。

淡々と再開する。

それでいい。

ルーチンを守るというと、「一日も休まないこと」のように思ってしまう。しかし、本当の意味での継続とは、そういうことではないのかもしれない。

長く続けていれば、途切れる日は必ずある。

大切なのは、途切れないことだけではなく、途切れても終わりにしないことだ。

一日休んでも、また始める。
三日空いても、また始める。
旅行から帰ってきたら、またいつもの生活に戻る。

そうやって何度でも戻れるものこそ、本当に身についたルーチンなのだと思う。

継続する力とは、休まず走り続ける力ではない。

止まってしまったときに、もう一度走り出す力でもある。

これからもルーチンにはこだわりたい。

ただし、「絶対に途切れさせてはいけない」と自分を縛るのではなく、途切れることも長く続けていく過程の一部だと考える。

そして、途切れたときには、できるだけ早くいつもの場所へ戻る。

長く続けるためには、その「戻る力」を身につけることも大切なのだと思う。

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