えびすの三線ライフ

三線を弾き、唄い、学び、暮らす。還暦を迎えてなお新しい景色を求めながら、八重山民謡の稽古と日々の暮らしを重ねています。小さな積み重ねの中にある喜びや気づきを、ゆっくり綴っていきます。

「量質転化の法則」という言葉がある。

量を積み重ねていくと、あるところで質そのものが変わる、という考え方だ。

よく水に例えられる。水を熱して、20度が30度になっても、50度になっても水は水。でも、それが100度になると沸騰して気体になる。

少しずつの変化が積み重なって、あるところまで来ると、それまでとは違うものになる。

最近、三線の練習をしながら、これって稽古も同じじゃないかと思うようになった。

同じ曲を10回弾いたところで、そんなに変わらない。

昨日3回弾いて、今日も3回弾く。だからといって、昨日できなかったことが今日いきなりできるようになるわけでもない。

むしろ毎日やっている本人には、上達しているのかどうか、よく分からない。

それでも30回、50回と繰り返していると、「あれ?」と思うことがある。

あれだけ苦労していたところが、いつの間にか普通に弾けている。

工工四を追いかけながら必死に動かしていた指が、勝手に動くようになっている。次の歌詞を思い出しながら歌っていたのに、いつの間にか口から自然に出てくる。

そうなると、今度は別のところが気になってくる。

音程はどうか。声量は足りているか。節回しはこれでいいのか。もっと余裕を持って歌えないか。

以前は「間違えずに最後まで弾く」だけで精いっぱいだったのに、そこを考えられるようになる。

これも一つの「質が変わった」ということなのだろう。

もちろん、ただ回数だけ増やせばいいとは思っていない。

間違えたら、そこだけ何度もやる。音程がおかしいと思えば録音して聴いてみる。師匠から指摘されたところを意識して、もう一度やってみる。

そして、また最初から通す。

そんなことを繰り返している。

今月は、コンクール課題曲7曲をそれぞれ100回以上通すという目標を立てた。

100回という数字に、何か特別な根拠があるわけではない。

ただ、10回や20回では見えないものが、100回やったら見えてくるんじゃないか、という期待はある。

若い頃に比べれば、覚えるのにも時間がかかる。せっかく覚えたと思ったのに、しばらくすると怪しくなっていることもある。

だったら、何度でもやればいい。

もともと器用なほうでもないし、一度教えてもらっただけですぐできるような才能もない。

でも、繰り返すことならできる。

昨日と今日を比べても、ほとんど変わっていないかもしれない。

それでも1か月前、半年前と比べれば、確実にできることは増えている。

上達というのは、毎日少しずつ階段を上っているように見えるものではないのかもしれない。

しばらく同じところをウロウロしているように感じながら、それでも続けていると、ある日ふと一段上がっている。

そんなものなのだろう。

だから今は、あまり結果を急がずに、とにかく繰り返してみようと思っている。

量が質に変わるところまで。

さて、100回弾いた先に何が見えるのか。

それは、実際に100回やってみないと分からない。

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