今朝の重点曲は蔵(うら)ぬぱな節だった。
まだ三線では時々間違いが出る。それでも今朝は、自分の中でひとつ大きな変化を感じた。
これまでは、三線を弾くことに精一杯で、歌はどこか「歌わされている」感覚があった。
ところが今朝は違った。
「自分が歌っている」という感覚がはっきりとあったのである。
三線は三線で自然に手が動き、その上で歌に意識を向けることができるようになってきた。
もちろん、まだ完成ではない。
それでも、自分の経験からすると、この段階まで来ると次は歌と三線が少しずつ溶け合い、一体感が生まれてくる。
八重山古典民謡で大切にされる「絃声一体」。
三線と歌を別々に演奏するのではなく、ひとつの音楽として表現する境地である。
まだその途中ではあるが、少しずつその入口が見えてきたような気がする。
他の6曲も安定感が増してきた。
7曲すべてを毎日途切れさせずに積み重ねてきたことが、少しずつ実を結び始めているのだろう。
上達というものは、ある日突然できるようになるのではない。
毎日の積み重ねの中で、「あれ、今日は何か違う」という小さな変化が訪れる。
その小さな変化を大切に積み重ねていくことが、やがて大きな成長につながる。
ひとつひとつ、一歩一歩である。

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