えびすの三線ライフ

三線を弾き、唄い、学び、暮らす。還暦を迎えてなお新しい景色を求めながら、八重山民謡の稽古と日々の暮らしを重ねています。小さな積み重ねの中にある喜びや気づきを、ゆっくり綴っていきます。

今朝の重点曲は蔵(うら)ぬぱな節だった。

まだ三線では時々間違いが出る。それでも今朝は、自分の中でひとつ大きな変化を感じた。

これまでは、三線を弾くことに精一杯で、歌はどこか「歌わされている」感覚があった。

ところが今朝は違った。

「自分が歌っている」という感覚がはっきりとあったのである。

三線は三線で自然に手が動き、その上で歌に意識を向けることができるようになってきた。

もちろん、まだ完成ではない。

それでも、自分の経験からすると、この段階まで来ると次は歌と三線が少しずつ溶け合い、一体感が生まれてくる。

八重山古典民謡で大切にされる「絃声一体」。

三線と歌を別々に演奏するのではなく、ひとつの音楽として表現する境地である。

まだその途中ではあるが、少しずつその入口が見えてきたような気がする。

他の6曲も安定感が増してきた。

7曲すべてを毎日途切れさせずに積み重ねてきたことが、少しずつ実を結び始めているのだろう。

上達というものは、ある日突然できるようになるのではない。

毎日の積み重ねの中で、「あれ、今日は何か違う」という小さな変化が訪れる。

その小さな変化を大切に積み重ねていくことが、やがて大きな成長につながる。

ひとつひとつ、一歩一歩である。

Posted in

コメントを残す

えびすの三線ライフをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む