「出されたものは残さず食べなさい。」
多くの人が子どもの頃からそう教えられて育ってきたのではないだろうか。私自身もそうだ。
食べ物を粗末にしてはいけない。
作ってくれた人に失礼だ。
農家の方や生産者の苦労を思えば、残すなんて申し訳ない。
そう考えるのは、とても大切な価値観だと思う。
一方で、年齢を重ねるにつれて、もう一つ考えなければならないことがある。
それは、自分の身体の健康である。
若い頃は多少食べ過ぎても、翌日には元に戻った。しかし、60歳を過ぎると話は違う。食べ過ぎは体重増加につながり、高血圧や糖尿病、脂質異常症など、さまざまな生活習慣病のリスクを高める。
「もったいないから食べる。」
その結果として、自分の身体を壊してしまうのであれば、それは本当に正しい選択なのだろうか。
フードロスと健康、どちらも大切にする
近年、フードロスは大きな社会問題となっている。
世界には十分な食事を得られない人がいる一方で、多くの食べ物が廃棄されている。だからこそ、食べ物を大切にする気持ちは失いたくない。
しかし、食べ物を捨てないことと、自分の身体を犠牲にしてまで食べることは、必ずしも同じではない。
余分に食べた分は、消えてなくなるわけではない。
体脂肪として蓄積され、将来の医療費や健康問題という別の形の「社会的コスト」になる可能性もある。
フードロスを減らすことと、健康な身体を維持すること。
この二つは対立するものではなく、両立を目指すべきものだと思う。
解決策は「食べる前」にある
では、どうすればよいのだろうか。
答えは意外とシンプルで、「食べ切れない量を最初から受け取らないこと」である。
例えば、
- ご飯は少なめでお願いする
- 大盛りを勧められても無理に頼まない
- 宴会では最初から量を控えめにしてもらう
- おかわりを勧められても、必要なければ丁寧に断る
- 持ち帰りが可能なら持ち帰る
特に日本人は「断ること」に罪悪感を覚えがちである。
しかし、相手の厚意を断ることと、自分の健康を守ることは別の話だ。
「ありがとうございます。今日は少なめでお願いします。」
たったこれだけで、未来の自分の身体を守ることができる。
「残さない」から「適量をいただく」へ
食べ物を大切にする心は、これからも持ち続けたいと思う。
ただ、その形は少し変わってきた。
以前の私は、
「出されたものは全部食べることが正義」
だと思っていた。
今の私は、
「自分に必要な量をおいしくいただくことが、食べ物への敬意」
だと考えている。
食べ物を粗末にしないこと。
そして、自分の身体も粗末にしないこと。
その両方を大切にしながら、これからの人生を過ごしていこうと思う。
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