「やる気が出たらやろう」
そう思っているうちに、時間だけが過ぎていくことがある。
仕事でも、勉強でも、趣味の練習でも同じだ。最初に必要なのは、強い決意や燃えるような情熱だと思いがちだが、実はそこに頼ると案外うまくいかない。
なぜなら、人間の気持ちは波があるからだ。
昨日は「明日から頑張ろう」と本気で思っていても、翌日仕事で疲れて帰ってくると、その時の自分は別人のようにやる気を失っている。
意思の力だけで継続するのは難しい。
最近強く感じているのは、
「やる気があるから始める」のではなく、
「始めるからやる気が出る」
ということだ。
心理学では「作業興奮」と呼ばれる考え方がある。
面倒だな、しんどいなと思っていても、とりあえず5分だけ取り掛かってみる。すると、不思議なことに少しずつ集中力が出てくる。
部屋の片付けもそうだ。
散らかった部屋を見ると、とてつもなく大きな山に見える。しかし、とりあえず机の上だけ片付けてみる。すると、次は棚、その次は床と、気づけば作業が進んでいることがある。
遠くから見ると巨大な山でも、歩き始めると意外に小さな丘だったということは多い。
もちろん逆の場合もある。
簡単だと思って始めたことが、進んでいくうちに思った以上に難しいことに気づくこともある。
しかし、それでも最初の場所から眺めていた時とは違う。
もう歩き始めているからだ。
目の前にあるのは「越えられない巨大な山」ではなく、「一つひとつ越えていく小さな丘」になる。
三線の練習でも同じだ。
暗譜ができない。
高音が出ない。
音程が安定しない。
最初に全部考えると、大きすぎる課題に見えてしまう。
でも、まず三線を手に取る。
一曲だけ弾いてみる。
一箇所だけ直してみる。
すると、自然と次の課題に向かう気持ちが出てくる。
続ける人と続かない人の差は、強い意思を持っているかどうかではなく、「始める仕組み」を持っているかどうかなのかもしれない。
だから今日も、正直それほどやる気満々というわけではない。
少し疲れている。
少し休みたい気持ちもある。
でも、とりあえず三線を持ってチンダミする。
きっと気づけば練習している。
やる気は待つものではない。
動き始めた自分の後ろから、遅れてついてくるものなのだ。
コメントを残す