世の中には、本当に数えきれないほどの趣味がある。
スポーツ、旅行、写真、釣り、料理、園芸、音楽、読書……。人それぞれ夢中になるものは違うし、そこに掛ける時間やお金も違う。
冷静に考えると、趣味というものは生きていくために絶対必要なものではない。衣食住が整えば、人間は生命を維持することはできる。
でも、それだけで人生は満たされるのだろうか。
毎日働いて収入を得る。そのお金で食べ物を買い、住む場所を確保し、生活を維持する。もちろん、それは何より大切なことだ。
ただ、多くの人が仕事を頑張れる理由の中には、「生活のため」だけではなく、「自分の好きなことを楽しむため」という部分があると思う。
休日に好きな場所へ出かけるため。
欲しかった道具を買うため。
仲間との時間を楽しむため。
もっと上達したいものに挑戦するため。
趣味は、人生に彩りを与えてくれるものだ。
そんな数ある趣味の中で、私は三線に出会った。
最初は、ただ沖縄の音色が好きだったからかもしれない。あの優しく、どこか懐かしい音を自分でも奏でてみたい。そんな小さなきっかけだった。
しかし続けていくうちに、三線は単なる暇つぶしではなくなった。
一曲を覚えるために何度も繰り返す。
昨日できなかった節回しが、少しだけできるようになる。
録音して落ち込む日もあれば、成長を感じて嬉しくなる日もある。
この小さな積み重ねが、毎日の生活に張りを与えてくれる。
さらに三線の素晴らしさは、人とつながれることだと思う。
一本の三線を持っていくだけで、初めて会った人とも自然に会話が生まれる。歌えば場の空気が変わり、笑顔が増える。
音楽には、人と人との距離を一瞬で縮める力がある。
そして、年齢を重ねるほどに感じるのは、「成長できるものがある幸せ」だ。
若い頃は仕事や子育てなど、目の前の役割をこなすことに必死だった。もちろん、それも充実した時間だった。
でも人生の後半に入り、自分自身のために時間を使えるようになった時、「もっと上手くなりたい」「次の目標に挑戦したい」と思えるものがあることは、本当にありがたい。
三線には終わりがない。
一曲覚えれば、また次の曲がある。
弾けるようになれば、歌を磨きたくなる。
歌えるようになれば、その曲の背景や島の文化を知りたくなる。
追いかけても追いかけても、まだ先がある。
だから楽しい。
人生を振り返った時、どれだけお金を持っていたか、どれだけ物を手に入れたかよりも、「夢中になれる時間があったか」「心から楽しいと思える瞬間があったか」が大切なのかもしれない。
数えきれない趣味がある中で、自分は三線という相棒に出会うことができた。
仕事を頑張る理由にもなり、人との縁を運んできてくれて、これから先も成長する楽しみを与えてくれる。
人生の後半になって振り返った時、きっとこう思う。
「あの時、三線に出会えて本当に良かった」
そんな趣味を持てたこと自体が、人生における大きな幸せなのだと思う。
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