若い頃から、自分には苦手なことがあると思い込んできた。
お酒を控えること。
毎日の食事を整えること。
自分で料理をして、お弁当を作ること。
どれも「やった方がいい」と頭では分かっていた。それでも、忙しさを理由にしたり、「自分はそういう性格ではない」と決めつけたりして、どこか遠い世界の話のように感じていた。
ところが今、そのハードルが高いと思っていたことが、少しずつ生活の中に入ってきている。
しかも不思議なのは、歯を食いしばって我慢している感覚があまりないことだ。節酒も、自炊も、お弁当作りも、「こうしなければならない」という義務感ではなく、「こうした方が自分が心地いい」という感覚に変わってきている。
なぜ今、それができるようになったのだろう。
若い頃は、外に向かって走り続けていたのかもしれない。仕事で結果を出すこと、人から求められる役割に応えること、目の前の課題を解決すること。自分の身体や日々の暮らしを丁寧に扱うことは、どうしても後回しになっていた。
でも、年齢を重ねる中で気づいたことがある。
人生は誰かに評価されるためだけにあるのではない。自分自身を大切にしながら、残された時間をどう豊かに過ごすかが大事なのだと。
これまで積み重ねてきた経験も、無駄ではなかったと思う。
仕事で身につけた計画する力。続ける力。問題を整理して改善していく力。人のために頑張ってきた責任感。
それらを、ようやく自分自身にも向けられるようになったのかもしれない。
若い頃のような勢いや体力は少しずつ変化していく。でも、それは衰えるだけではない。年齢を重ねたからこそ手に入る落ち着きがある。自分をごまかさず見つめる力がある。そして、小さな幸せを感じ取る感性がある。
お弁当を作る朝の時間。体が軽く感じる日。昨日より少し健康的に過ごせたという満足感。
そんな小さな積み重ねが、これからの人生を支えていく。
人はいくつになっても変われる。
いや、むしろ人生経験を重ねた今だからこそ、無理なく変われることがあるのだと思う。
これからは、自分を酷使して走り続ける人生ではなく、自分をいたわり、育てながら歩む人生にしていきたい。
まだまだ新しい自分に出会える。
その希望を持って、今日もまた、自分のために小さな選択を積み重ねていこう。
コメントを残す