稽古のライブ配信を始めて、今日で4日目。
初日は、誰が見ているわけでもないのに妙に緊張した。「配信中」という表示があるだけで、いつもの稽古とは明らかに違う。
それが4日目になると、少しずつ慣れてきた。
負荷をかける。
その負荷に慣れる。
もう少し負荷をかける。
また、それに慣れる。
結局、上達というのは、この繰り返しなのかもしれない。
そのときは「この環境に慣れただけ」としか思わない。昨日できなかったことが、今日突然できるようになるわけでもない。
けれど、それを何度も繰り返して、しばらくしてから振り返ってみると、以前とはまったく違う場所に立っていることがある。
仕事でも、そんな経験をしてきた。
若い頃、先輩たちがやっている仕事を見て、「自分にこんなことができるようになるのだろうか」と思っていた。雲の上にいるように見えた人たちがいた。
ところが、いつの間にか自分も、かつて先輩たちがやっていたような仕事を普通にこなしている。
特別な瞬間があったわけではない。
少し難しい仕事を任され、苦労しながらやってみる。それに慣れると、また次の仕事がやってくる。その繰り返しだった。
三線も、きっと同じなのだと思う。
八重山古典民謡には、今の自分から見れば、はるか彼方にいる先達たちがいる。
その距離を一気に縮める方法はない。
だから今日も、自分に少しだけ負荷をかける。
配信しながら弾く。人前で弾く。緊張した状態で一曲を丁寧に弾き切る。できるようになったことにも、もう一段高い精度を求める。
そして、それが普通になるまで繰り返す。
今はまだ、「配信に少し慣れてきた」というだけかもしれない。
でも、この小さな「慣れ」を積み重ねていけば、いつか振り返ったとき、今の自分には想像できない場所まで来ているかもしれない。
はるか彼方にいる先達たちに、少しでも近づくために。今日もまた、稽古を続ける。
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