えびすの三線ライフ

三線を弾き、唄い、学び、暮らす。還暦を迎えてなお新しい景色を求めながら、八重山民謡の稽古と日々の暮らしを重ねています。小さな積み重ねの中にある喜びや気づきを、ゆっくり綴っていきます。

前の記事で、自分は「人の目」があるほうが集中できると書いた。

ダイニングテーブルで勉強する。カフェで仕事をする。月に一度、先生のレッスンを受ける。そして最近では、三線の稽古をネット配信する。

なぜ、人の目があると集中しやすいのだろう。

心理学には「社会的促進」という考え方がある。他者がいることで、ひとりのときとは行動やパフォーマンスが変わる現象だ。

面白いのは、誰かにじっと監視されている必要はないことだ。

カフェの客は、自分が何をしているかなど気にしていない。それでも周囲に人がいるだけで、家でひとりのときよりダラダラしにくい。

月に一度のレッスンも同じだ。

先生が毎日の稽古を見ているわけではない。それでも「次のレッスンで見てもらう」と思えば、普段の稽古にも少し緊張感が生まれる。

ネット配信も、自分にとってはこれに近い。

実際には誰も見ていないかもしれない。それでも誰かが入ってくるかもしれない。アーカイブを後から誰かが見るかもしれない。

この「見られるかもしれない」が効く。

ひとりなら、間違えて適当に弾き直してもいい。途中でスマホを触ってもいい。しかし配信していると、「一曲、最後まで丁寧に弾こう」という意識が自然に生まれる。

もちろん、人の目があれば必ずうまくいくわけではない。

社会的促進の研究では、慣れたことは他者の存在によってうまくできる一方、難しいことや習得途中のことでは、緊張によって失敗が増える場合もあるとされている。

三線でも、普段なら間違えないところで配信中につまずくことがある。

でも、自分が欲しいのは、まさにその負荷だ。

コンクール本番では、審査員の前で演奏する。完全にリラックスした自宅で100回成功するのと、緊張した状態で成功するのとは違う。

だから「人の目」を避けるのではなく、稽古に利用する。

そう考えると、ネット配信は自分にとって、発信手段というより「人の目をつくり出す稽古装置」なのかもしれない。

誰も見ていなくてもいい。

「誰かが見るかもしれない」。

そのわずかな緊張感が、いつもの稽古を少しだけ本番に近づけてくれる。

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