暗譜・暗唱ができても、運指や歌詞を思い出しながらでは、細かい音程やブレス、ましてやタノールにまで気が回らない。
6月から繰り返し弾き歌ってきた課題曲は、ようやく考えなくても自然に出てくるようになった。その分、一つひとつの音や息の使い方に意識を向けられる。
今、細部の修正に取り組んでいて感じるのは、この余裕の大きさだ。
直したいフレーズだけでなく、前後のつながりも頭に入っている。ここで息を使いすぎると後が苦しくなる、次の音に向けてここは少し抑える。曲全体の中で考えられるようになってきた。
本田圭佑さんの言葉として知られる「量をこなしていないやつに質を語る権利はない」。
まさに今、その言葉を実感している。
もちろん、繰り返した分だけ、間違った音程や癖が染みついたところもある。そこは工工四に書き込んだ師匠の指摘を確かめながら、一つずつ直していく。
以前は、間違えずに最後まで歌うことで精一杯だった。今は、どう歌いたいかを考えながら練習できる。
回数を重ねてきたことが、ここで生きているのだと思う。
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